2011年6月24日金曜日

愛おしき学生に告ぐ~  「ワカラナイ」の種類について: その⑦「そう評価してよいのかワカラナイ」







<ワカラナイ⑦:どう評価してよいのか>
 この七番目の「ワカラナイ」こそ、学問の世界の王道を行くワカラナイです。やっとここにたどり着きましたね。自分が教室にいる理由もワカる。教員や友人や先輩が話す日本語も大方ワカる。夏休みに世界史の勉強もしたから、だんだんと前提知識もワカッテきた。今している議論の文脈では、何にフォーカスを当てるべきかもワカる。多岐にわたる議論の交通整理も、かなり時間がかかったが、自分なりにやってみることができた。しかし、最後に、自分がどのような選好(preference)に依拠して、この多様な議論を踏まえて、「自分なりに」どのように「評価(evaluation)」するべきなのかが、まだワカラナイ。つまり、どう評価すべきなのかがワカラナイということです。

 この世の学問をする人、それ以外でも、ある種の重大な決定をしなければならなくて、そのための知見を準備しなければならない立場にある人は、基本的には、この七番目の問題、もしくは六と七の中間を行ったり来たりしながら考え、悩み、発見し、失望し、またやり直しという具合にやっていると言ってよいでしょう。学者や学生は、「評価する」部分に留まって悩み続ければよいでしょう。しかし、政治家や経済人、その他「決断」をしなければならない人たち(社会的エリート!)は、ある時点で覚悟を決めなければなりません。その意味では、決断とその結果を全身で受け止めることを免除されている学生は、極めて純な姿勢でこの作業に没頭することが許されている、非常に贅沢な人生を送っているということになります。
 ここで注意しなければならないのは、ここで「ワカラナイ」とされたとしても、そのことをもって直ちに意味が失われるわけではないということです。評価とはすべて暫定的なものです。「あの時点で懸案問題に関する最終的な評価が定まった」などと回顧する言い方がありますが、時代が変われば「新しい評価」、あるいは「再評価」というものが生まれるかもしれないからです。
 さほど大それた話ではないにしても、例えば個人において「どう評価してよいかワカラナイとしても、暫定手的に、常に暫定的でよいと腹をくくっておけばよいし、ワカラナクテも、ああでもないこうでもないと悩みながら発した大量の言語は、ともに考え、議論した他者にとってどれだけの刺激となるかもわかりません。何を鼓舞するかもわかりません。交通整理ができているだけでも大変なものです。いくら世界に一人の自分として評価せよと言われても、あらゆる思考のレベルで押し引き、綱引きが生じて、甲乙付けがたいことは起きるわけで、その時はその時で仕方がありません。そういうワカラナイは、そこに至るまでの葛藤が強く、切ないものであればあるほど、問題に深みと切実さをもたらします。我々教室で働く者たちも、こういうワカラナイで、ともに悩みたいというのが本音です。こういうワカラナイなら、喜びを感じるというものです。

<大切なこと:解答ではなく「問い」そのもの>
 これまで大雑把に「ワカラナイ」を七つに分類して来たのですが、ここまでお読みいただけば、「何がワカラナイのかがワカラナイ」という事態が、どれだけ悲惨なものかということがお解りになったはずです。裏から言えば、我々は「何がワカラナイのか」がワカレば、問題の半分以上が解決したに等しいということに気が付きます。ものを学ぶということは、「学べば学ぶほど、ますますワカラナクなっていく」体験なのだということは、このことを別の言葉で表現したものです(「学ぶほどに自分が賢くなっていく実感がある」と言ってしまう人間は、どこか浅はかなのだということです)。
 高校を卒業するまで、ひたすら穴埋めのパズルのような「解答探し」をやってばかりだった人は、ここで人生で初めて、最も重要なのは解答を手に入れることではなく、世界を腑分けて、交通整理をして、「問いを立てること」なのだということに出会うのです。ある政治家が「政治とカネ」の問題をめぐって有権者の六割以上の人に「議員辞職するべきだ」と思われていますが、本当にそうなのかどうかを考える過程で大切なのは、この問題に「本当に正しい解答が一つあるはずだから、それを手に入れること」なのではなく、きちんと考えることのできるデータをフェアに共有した後に、「どのような問い」を立てるのかということです。意味があるのは、「政治家は一点の曇りもない潔癖さを用意しておくべきかどうか」という問いの立て方なのか、「事実に反するような判断に基づいて、公権力とメディアが一人の政治家を報道を通して潰すようなことが民主政治と呼べるのかどうか」という問いなのか、いずれの問いが問題の核心をついているのか、いずれの問いが我々の真の公共の問題解決に貢献するのか。このように考えるのが、メダカの学校と学問の府大学との違いなのです。

 そうなると、講義が終わった後に、真面目な19歳がシャーペンとノートを持って「結局、ナショナリズムって無い方がいいんですか?(まだ先生の答えを聴いてないんですけど)」と質問してきたら、「それは君が決め、判断し、評価することであって、その評価を下すために、君がどういう問いを立てるかがすべてなんだよ。僕の評価が君のと異なっていたらどうするの?」と逆に返すことになります(10年前には、この手の質問にひたすら驚いて、目をパチクリしていたものですが、最近は少し心にも頭にも体にも筋肉がついてきて、このぐらいの返しができるようになりましたが)。「オザワイチロウってやっぱダメなんすか?」じゃなくて、君がすべきなのは「オザワイチロウがダメなのかどうかを考えるために、どんな問いが必要なのかを考えること」なのです。そして、そのためには、七種類の説明してきた「ワカラナイ」をちゃんと区別して、いったい自分はどの意味でワカラナイのかを少しは確認してから「ワカラナイっす」と言いなさいというわけです。そうでないと、与えられた、つまり本当に正しいのかどうかもワカラナイ「解答」をただただ受け取るだけの「餌をもらう金魚」のような存在、言い換えると「人の言いなりの人生を送る者」となりますよということです。

 「君はいったい何がワカラナイのか?」という問いは、それほど大切な問いなのです。

 
 この項目終わります。お読みいただき、ありがとうございました。

2011年6月13日月曜日

愛おしき学生に告ぐ~  「ワカラナイ」の種類について: その⑤「発言の目的がワカラナイ」⑥「選択できない」

<ワカラナイ⑤:発言の目的が>
 次のワカラナイは、質問の意味も論理もワカルが、どうしてこの文脈で「そんなことを言うのか」がワカラナイというものです。つまり、発言の意図や目的がワカラナイというものです。これは、自分が心情的にコミットしてしまっていることに引きずられて、全体の流れとシンクロしないままものを「言い募ってしまう」ような時に現れます。

 20世紀の帝国主義的構造の中で、各国は経済的利益を衝突させながら結局は世界大戦に至ってしまうのですが、この考え方で見れば、戦争は経済構造が主たる原因で生ずるものという理解になるでしょう。戦争が起こる理由は様々ですが、より社会科学的に考えるなら、あるいは過去の歴史をデータに実証的に推論していけば、20世紀の戦争は爆発的な生産力を背景にした「近代世界」がもたらす歪みのようなものの、ひとつの暴力的な帰結だったと推論することができます。教室では、こんな大きな問題にいきなり答えを出すことは不可能ですから、少なくとも、何らかの因果関係を論理的に想定して考える試みをさせようというやり方となります。

 ところが、本人は悲しくなるくらい真剣なのですが、いきなり挙手をして次のようなことを言い始める学生がたまにいます。
 「戦争が起こる理由について皆さん色々なことをおっしゃいますけれど、最も大切な話が抜けているんじゃないかと思うんです。それは『愛』です。戦争は人を殺します。それによってたくさんの人々が悲しみのどん底に突き落とされます。でも愛があれば、慈しむ心が失われなければ、戦争を止めることはできると思うんです。ヒットラーだって子供のころから邪悪な人間ではなかったと思うんです。殺伐とした愛の失われた人生を彷徨ううちに、人にとって一番大切な心を失ってしまったと思うのです。慈しみの心があればユダヤ人を何百万人も殺すようなことはなかったはずです。みなさん、経済とかの話をしていますが、こういう大切なことを忘れては戦争の議論はできないと思います」目にはうっすらと涙すら光っています。なるほど。おっしゃるとおりかもしれません。論理も大変素朴ですが、別に間違ったことを言っているわけでもないようです。

 こういう時には、意外にも普段はほとんど何も発言せず、いつ教室からいなくなるのかなと思われているような、大人しい学生が、ボソッと、かつ的確にこの愛の使者に向かって言うのです。「間違ってるとか思わないけど、そんなこと言って何になるわけ?」と。この発言をきっかけに感情的なやりとりにならないように、教員は職業的能力を駆使します。「今の疑問は、いわば『愛』の議論と経済構造の話がどう意味ある結びつきを持てるかっていうことだよね?」と(気が遠くなるほどのマヌケぶりです)。もう少しひねくれた学生になると(昔の自分ですが)、「18年も人生やってきて、色々あって、真っ直ぐな心だけではどうにもならないこともたくさんあるって、わかって当たり前なのに、なんでそんな甘ったるい事言えるのか、正直言ってわかんないっす」と実に手厳しい反応となります。

 それでは彼は「愛なんか○○の役にも立ちゃぁしねぇべさ」と思っているかといえば、そんなこともありません。「それはワカルけど、何でいま、こういう流れで、こういう話になってるのに、『あんな』理屈を持ち出すのか、それがワケワカンネェヨ」というでしょう。これが、所謂「ワカルけどワカンナイ」というやつです。これまで出て来たパターンとは、やや(というかかなり)趣(おもむき)を異にしていますね。何しろ、ワカルけどワカンナイのですから。
 こうしたやり取りは、何も学生の間でばかり起こるわけではありません。最初から政治的な目的を設定して議論をする人と、言葉のせめぎあいの中から生まれる奇跡のような発見を期待する人とがやりとりすると、必ずこういうことが生じます。政治とは、言わばこの「なぜ今、ここで、そんな話となるのか?」という疑問に答えことなく、強引に自分の土俵に相手を引きずり込んで、可能ならば相手が主体的に、自分で合理的に納得して、自らの主張に同調してくれるように仕向ける巧妙な行為なのかもしれません。

<ワカラナイ⑥:選択できない>
 「ワカラナイ」の前に、「どれを選んでいいのかが」と付くパターンがあります。議論が多岐にわたっておりおり、「どれがこの問題に関して最も重要なポイントなのかが判断しづらい」というものです。どれもみな重要な気がして、どう判断したらよいのかワカラナイのです。このパターンの前提は、「各々個別の議論、理論はワカル」ということです。もちろん「言いたい気持ち」ではなく、「理屈としてワカル」ということです。

 先にも出てきましたが、「昭和天皇に戦争責任はあったのか?」という問題などは、もちろん戦後の知的エリートの怠慢のせいで、すべて論点が出尽くしたなどということはありませんが、それでもさすがに長い年月を経て、かなり多様な論点が示されてもいます。ざっと考えても、この巨大な問題の切り口はたくさんあります。例えば、昭和天皇個人のキャラクターはどうだったのかというものです。戦時中敵国だったアメリカやイギリスにいた人々は、ヒロヒトは野蛮で残酷で残虐な悪魔のような人間だと信じていたでしょうが、多くの日本人は本当は高潔で立派な人格者だったと思っています。
そんなことは政治においては関係が無い。大切なのは、昭和天皇が「立憲君主として有能であったか否か」であるというポイントもあります。大日本帝国憲法は、憲法の中でも特に統治機構に関して、権限や責任が拡散してしまう、そもそも欠陥構造を持っていたのであって、天皇は立憲君主の在り方というものを形式的にとらえ過ぎて、現実に要請された政治的君主としての役割を果たすことができずに、結果的に無謀なる戦争を止めることができなかった。その意味において、責任が存在するのだとする議論もあります。これは、リーダーシップとは何かとする問題でもあり、同時にそうしたリーダーシップをどう制度化するのかという制度論でもあります。
そもそも議論のポイントは天皇個人にあるのではなく、天皇を利用し、大御心(おおみごころ)を踏みにじった「君側の奸」が日本を破滅に導いたことにあるのであり、天皇には責任がないとする議論も有力です。天皇は最後まで「米英相手の戦争遂行は大丈夫なのか?」と繰り返し御下問なさっていたではないか。それをあの軍令部総長がいい加減な上奏によってだましたのだと。
 他方、何を言おうと、300万の人間は天皇の名の下に行われた戦争で命を落としたのだし、特攻隊の若者の多くは口々に「天皇陛下万歳!」と叫んで敵艦に突入したのだ。そして名も知れぬ庶民は御国のためにと動員され、その最中無差別空襲で死んだのだ。そのことをどう考えるのか?政治的君主としてではなく、「人間として」どう考えるのか?少しの道義的責任も無いと言うのか?こういう意見もあります。

どれもそれぞれに信念と論理と、それらを下支えする感情というものを持っていますし、加えて昭和天皇と共に自分は生きたという実感を持つ者とそうでない者との隔たりもあります。あの時、エリートであった者と赤紙一枚で兵隊として南方に活かされた人とも、依って立つところは大きく異なるでしょう。あの戦争が終わって半世紀を経て生まれてきた、今日の学生など、こうした多岐にわたる議論を前に、重要なポイントはいったいどれなのかなど、さほど簡単に判断できるものではありません。どれも皆、大切な議論のような気がしてきます。ワカラナイのです。
ここでのワカラナイに対処するために必要な作業とは、議論の交通整理でしょう。それぞれの議論が、それ自体が持つ「展望」として何を守ろうとしているのかを見定めることで、たくさんの問いの立て方と、論の進める方向を仕分けることが必要です。そもそも帝国憲法に欠陥があったのだという議論をする人は、展望として「権限と責任を一元化する」立憲制度の構築というものがあるかもしれません。「君側の奸」を主張する人たちは、あらためてすぐれたエリートをどう養成すべきかという展望を持っているのかもしれません。天皇の道義を云々する人は、亡くなったたくさんの日本人への追悼の精神に一本太い芯棒を通すことが無ければ、戦後の思想的再出発は不可能だという、別の大義を守ろうとしているのかもしれません。
社会科学における議論は、こうした価値の問題を全く捨象して成立するものではありません。冷静で乾いた、淡々とした合理的な議論はもちろん不可欠ですが、こうした議論とそれに応じてなされるさまざまな規定や定義には、必ずそう規定した先の展望というものが含まれます。ですから、その展望に様々な差異があるなら、それらはきちんと区別されなければなりません。何を守りたいのか?何を問うているのか?それを可能な限り判別して、グループ分けすることで、「ワカル」ようになるのです。

2011年6月7日火曜日

愛おしき学生に告ぐ~  「ワカラナイ」の種類について: その③「質問や議論の前提知識が無い」、④「どうしてそういう論理になるのかがワカラナイ」


<ワカラナイ③:質問や議論の前提知識が無い>
 大学にいる意味も、飛び交う日本語も何とかワカッテも、そこでなされている議論の前提知識が無いという意味でワカラナイというパターンがあります。私は、政治学の中でも現代民主主義理論を専攻しているのですが、もしこの私が学会や研究会で、分科会の部屋を間違えて、「中期アウグスティヌスにおける救済概念の再検討」という報告を聴く羽目になった時には、こうした事態が生じます。そこで使用される政治学上の概念として共有されているようなものについてはわかりますが、中世ヨーロッパの歴史的事実やラテン語の観念などが出てきますと、もう降参でしょう。
学会ではなく、平成の教室でも時として恐ろしいことが起こります。あるテキストを使用して「昭和天皇の戦争責任」について議論をすることになりましたが、いざ議論を始めてみても、素朴な道徳論の域を出るような話になりませんでした。もちろん責任をめぐる話自体、非常に難しい議論となりますし、そもそもが戦後の知識人の間でも、十分な総括も行われていませんし、この件はきちんとやると、まさに全体としての「戦後思想とは何か?」といった議論にも結びついてしまいます。
ところが大学で起こっているのは、そんな大仰な話ではなく、かつ「昭和天皇」という歴史の実在人物に対する精神的コミットメントが皆無であるという事実を超えて、驚くべきことに「戦争があった」という基本的事実すら曖昧となっている者が存在するということです。
戦争責任の話をしているのに、「あの戦争」についてほとんど知識が無いのなら、「先生。僕たちにもワカルよううに説明してください」という要求がどれほど理不尽な要求であるか、想像していただきたいのです。大学が今日、最も頭を悩ませている「ワカラナイ問題」がこの問題です。言語力が中学生程度しかない、どう考えても今日の大学の授業の水準に追い付けない学生は、自ら学校を辞めていきますが、言葉の意味は何とか頑張れば追いつけそうだと思う学生は学校を辞めません。そしてあらゆる領域の前提知識を欠いたまま、行儀よく教室に座っているのです。目下のところ、この問題に対応するための方法は、大学入学定員を半分にするということ以外にはありません。

<ワカラナイ④:どうしてそういう論理になるのかが>
 これ以降は、ようやく普通の話となります。ここでのワカラナイは「どうしてそういう論理展開となるのかが」ワカラナイというワカラナイです。大学の教室で生じた典型的な事例で説明してみましょう。

例えば、ナショナリズムの項目で出てくるのは、ネイション(nation)を構成する者としての「我々(We)」というものは、どのようにして決定されるのかという議論があったとします。「我々日本人は・・・」とする時、この「我々」を規定しているものは、一種類ではありません。「国籍が日本」という論理は、いわば形容重複のようなものです。その国籍はどのように「限定(define)できるのか」という問いこそに問題の本質があるからです。どうしてこんなことに神経を使わねばならないかというと、“We”の規定は「この範囲が“We”である」という、「この」の部分に多分に恣意性が介入し易く、これは同時に論理的には、規定の裏側では「我々ではない連中」というものの存在を前提にしてしまうからです。「俺たち」とイメージして、グルーピングした瞬間にはもう「俺たちとは違う存在」が理論上生まれてしまうのです。そして、この論理構成的効果は、容易に政治的な文脈の中で、「在日の人々は日本国民じゃないし」とされてしまいます。
もちろん、事実命題として、在日の人々は日本国民ではありません。でも、それはいくつもある人間のアイデンティティを規定するものの任意のひとつに過ぎません。つまり、在日の人々が日本国民ではないという判断は、法的な国籍が無いというレベルの話に過ぎないのであって、「税を負担して社会で協力的に生活するメンバー」という基準でよりリアルに「国民」規定をするなら、彼らは暫定的な国民だと、政治学的には十分考えることができるのです。
だとすれば、「我々」を規定するという純粋に観念的操作と呼ぶべき行為も、その論理的効果と共に、政治的にも機能してしまいますし、利用もされます。そして、心理的に、ともに生きている在日の人々を結果的に排除する精神的条件を作ってしまうかもしれません。そうしたことを念頭に、「ネイションの規定は排除の論理と親和的な関係に陥りやすい」という説明になります。「我々」を立ち上げることで同時に排除も始まるという理屈です。教室では、かなりの数の学生がこの理屈を理解できません。「我々は日本人のことを思っても、中国人や韓国人を差別したり、排除したりとか絶対にしません。それは先生の一方的な決めつけじゃないんですかぁ?」と、真面目に反論してきます。そういう話ではないのですが。
 同様に、ネイションとは「政治的な」共同体であることを説明するのに、よくフィクション(fiction)というタームを使います。そもそも、日本「国民」というものが自分たちの呼称として広く定着したのは、20世紀に入ってからです。無論、自分の目で「黒船」を見て、腰も抜かさんばかりに驚き恐怖した坂本竜馬も、残された書簡などで度々「日本人(ニッポンジン)」という言葉を使っていますが、こんな明確な意識を持っていたのは、本当にごく一部の知識人だけです(竜馬はこの意味では、稀有なるエリートです。しかし、竜馬が土佐を捨てた脱藩浪人であったことも、アイデンティティを外へ広げる条件だったのかもしれません)。圧倒的多数の人々にとって、より近いしい感覚を持ちえたのは「国民」ではなく、「藩の者」でした。
 だから新政府のリーダーたちには、この藩意識から脱した、より一般的「日本人」を一日も早く作り出す必要があったのです。つまり、この日本という国は、日本国と日本国民のために尽くす、時には命を懸けるような意識を持った人間が津々浦々住んでいるのであって、貴方も同じ気持ちで一つになれる、同じ日本人なのだという、現実とは異なる、プラトンの言う「イデア」のような、フィクショナルな存在を想定しなければならず、そのためには「昔から語り継がれる日本人の物語」が必要でした。つまり、政治、社会的統合のためのシンボルとしての「ニッポン物語」をフィクションとして成立させなければならなかったのです。
 ところがこのように説明すると、多くの学生がやはりこの論理を理解できません。試験答案などを読みますと、三分の一位の学生が「日本国民はフィクションだというが、そんなことはない。なぜならば私の周りには実在しているからだ」と、途方に暮れるようなことが書いてあります。「手で触れられるもの」なんだから、それは実在のものであって、断じてフィクションではないという小学生のような素朴さです。これは良くある、「論理がワカラナイ」です。でも、丁寧に説明し、議論し合えばだんだんとわかってきます。

2011年5月28日土曜日

愛おしき学生に告ぐ~  「ワカラナイ」の種類について: その2「質問や議論の意味が(日本語として)ワカラナイ」

<ワカラナイ②:質問や議論の意味が(日本語として)>
 どうして自分がここにいるのかはわかるけれど、教室に飛び交う日本語の意味がワカラナイというワカラナイ君がいます。この人たちの振る舞いを傍で見て、どうにも理解に苦しむのは、自分にとって新奇なる言葉に直面した時に、学びの場にいる人間の取る精神のカラクリとその作用がほとんど垣間見ることができないことです。「キンダイカのプロセスで、個人各々にナイメンカされるキハンは、これまでのユウキテキなキョウドウタイの中で身に付けたシャカイセイとは異なるものだけど、こうした新しいカンネンとしての個人は、ゴウリテキな経済リンリをイッパンカさせるためにはフカケツなわけです・・・」と、目の前にいるオッサンは言っているわけですが、カタカナで示された言葉がすべて意味不明であるなら、この学生にとって大学は本当に苦痛を生み出すだけの地獄のようなところでしょう。
しかし、この中の三つ、四つ程度のワカラナさ加減なら、通常は「ヤベッ、ナイメンカとケイザイリンリがよくワカンネェし(何気ない振りをして)。電子辞書でチェックでしょう」と思って、「オレって言葉知らねぇなぁ」と焦るか、「おおっ!なんかこう難しい言葉いっぱい出て来たなぁ、何か大学に来たっていうか、俺って今すごい勉強中って感じ?」と、憎めないショウモナサを示してしまうかのいずれかだと思うのです。ところが、21世紀の初頭に大学の教室にいる一部の若者は、このいずれのリアクションも見せてくれません。ただぼんやりと事態の推移を見守るだけなのです。辞書を開こうと肉体を駆使してみようという素振りもありませんし、眉間に皺を寄せて悩んでいる様子もありません。ただただ黙ってボンヤリとしているだけです。まるでスリランカ人がリトアニア人の町長の演説を聴いているような表情です。こういう表情を見続けると、話す側は逆に名付けようもない不安な気持ちに駆られます。「ん?あれ?これって、オレ先週やったところまたやってる?んなことないよ。確かに今日はここからだから・・・。でも変だな?なんだかこちらの言葉が『受け止められている感』が無いぞ?」

言葉の意味がワカラナイことも、それ自体は罪でも何でもなくて、元々は自分が使う言葉はすべて人の言葉だったのですから、要はある特定の場において流通している言葉のストックを必要に応じて増やしておけばよいのです。間に合わなければ、走りながら飯を食うように、話し手の言葉を追いかけながら、少し遅れてでも言葉を補充すればよいのです。しかし、今目の前にいる人たちは、自分がいる場で流通している言葉のストックが自分には絶対的に足りないと気付いた後も、それを何とかしようとする主体的なアクションをする様子がありません。「忸怩たる思いです」とこちらは話します。もし「ジクジたる」が「忸怩たる」という本語のことだとワカラナくて、今度誰かが「忸怩たる」と言ったら、その時にまた「?」ととまってしまうようなことになると困るなと思えば、「すんません。ジクジたるってどう意味でしたっけ?ちょっと度忘れしちゃって」と、おちゃらけながら尋ねるか、黙って辞書を引くかのどちらかです。これ以外の振る舞いは、少なくとも学校で生きている私たちには想像もできません。
しかし、19歳達はなんと「何もしない」のです。どうして何もしないでいられるのかが、こちらには全くわかりません。え?いいの?ジクジタルがワカラナカったんでしょう?そのままでは、この言葉を自分が使うことも、人が使った意図も両方ワカラナイままだよね?いいの?それで。今は、話が先に進んじゃうからじっくり調べている余裕がないけど、ノートの端っこの所に「ジクジタル」ってメモしておいて、講義が終わったら調べられるようにしておくよね?普通は。え?やらないの?放置?そんな言葉は今後永久に使わないだって?いやいや、君が使わなくたって、他者(ひと)が使ったらどうするの?え?そんな言葉使う奴はウザい?そうすると学校出た後は(出られればだけど)、ほとんどの人がウザい人っていうことになるけど。
とにかく、調べてみて、自分で使ってみて、「忸怩たる想い」と「恥ずかしい」という言葉との語感の違いに気づいてみて、ついでにさ、また別の言葉、例えば「慙愧に堪えない」なんていうのも覚えて、一気に何千も使う言葉は増えないけど、朝刊読んでひとつ、昼飯の時にツイッター見ながらひとつ、夕方電車の中で夕刊読みながらひとつって、増やしていけば、大学四年間で計算上は4380も語彙が増えることになるよね?今よりも4000語もたくさんの言葉が使えると、自分の心や考えていることをかなり正確に表現できるようになるよね。いいの?放置しておいて。もったいなくない?こういう場面に出くわしてさ。もしかしたら、チャンスが無ければ、もう永遠に「忸怩たる想い」なんて言葉に出会えなかったかもしれないじゃん。いいの?そのままで。いいの?ボンヤリしてて?ねぇ!

言えば言うほど、自分が本当に嫌ったらしい教師に思えてきます。19歳の時、目の奥を覗き見るような顔で変なオッサンに「ええんかい?ほんまにそれでええのんかいっ!?」なんて追いつめられたら、私だって刑事事件を起こしてしまうかもしれません。でも、こういうワカラナイに何度となく、数えきれないほど遭遇して、それはまぁ仕方がないことだとしても、その後にそんな単純なワカラナイにすら、何のアクションも起こそうとしない人たちを見ていると、「そういうワカラナイは、その場で解決するんだから、調べりゃ済むことなんだから、悩むなよ。心配するなよ。心配なのは言葉の意味がワカラナイことじゃなくて、それを平気で放置できる、根拠不明の余裕なんだよ。頼むよ!」と言いたくなってしまうのです。言いたいことは、ここに尽くされています。

「このタイプのワカラナイは、大したことじゃないから放置すんな!」です。

2011年5月22日日曜日

愛おしき学生に告ぐ~  「ワカラナイ」の種類について: その1「自分がどうしてここにいるかワカラナイ」

長いブログをいつもお読みいただきありがとうございます。過日「面白いけど、さすがにナゲぇよ」というクレームがありましたので、今回から「連載」形式でお送りいたします。


<「ワカラナイ」を仕分ける必要>
 教員という職業に就いて、学生の口から発せられた数々の言葉の中で最も高い頻度で聞こえてきた言葉は何かと考えますと、それはおそらく「ワカラナイデス」でしょう。まず間違いないでしょう。ワカラナイという言葉は、何の文脈もなく、いきなり発せられる言葉ではなく、何かの問いかけに対する反応ですから、この切ない五文字を引き出した、そもそもの嫌ったらしい質問というものがあったはずです。
 大学の教員は、目の前に居る人間たちが、もはや学問をする上での最小限の知識・情報ストックを入力されて、ここに来ているのだという前提で授業を始めます(というか始め「たい」のです)から、知識「そのもの」を、その所在を(学生の脳みその中にあるかどうかを)確かめるような質問をする契機は、高校までの学校の教員ほどはありません。ナポレオンの登場してきた時期について「ええと、○○君。ナポレオンが自ら皇帝として即位すると宣言したのはいつごろでしたっけ?」と講義中に尋ねる理由は、それについての情報ストックを○○君がどれぐらい持っているかを評価したいからではありません。西欧におけるナショナリズムの高まりの話をしていて、度々王政復古とか、メッテルニッヒという言葉が出てきているのに、多くの学生が目をパチクリさせているので、この人たちは、今、私が19世紀前半の西ヨーロッパの話をしているのだということに気づいていないのかもしれないという、嫌な汗が噴き出てくるような事態を前にして、云い様のない不安に襲われるために、その不安を必死にかき消そうとして質問しているのです。
 返ってくる反応は残念ながら予想通り「ワカリマセン」です。情報が入っていないのなら、これはいかんとまず確認して補充する、あるいは失念してしまわないように何らかの印象付けの工夫をして、次の機会に同じことが起こらないように準備しておくだけです。「入試で日本史や地理や政経を選択した諸君は、今からでも遅くないので世界史、特に政治学は近代以降の西欧史を全く知らないとお手上げなので、各自でやっておいてくださいね」と言葉を添えて、はいこの件終了ですと。さて、このナショナリズムですが・・・と、講義は続きます。

次に質問する時には、知識のストックを確認するなどという虚しいものではない質問でなきゃいけないな。そして「ナポレオン自身は、自分の存在がまさかヨーロッパ、とりわけここではドイツですけれども、ここの人々のナショナルな意識を喚起させようと思ったわけではありませんね。しかし、結果としてここでは『ドイツ的なるもの』が、あの例のフィヒテの演説なんかをきっかけに、その後観念化されていく大きなきっかけとなりましたよね?こうしたプロセスを思い返した時、同じことが極東、東アジアでもあったと考えられますかね?どう思いますか?」と尋ねます。これこそ、高校生以下のチイチイパッパのお教室とは一線を画した、大学の授業における質問です。
ところが、いつも反応は同じです。やはり「ワカリマセン」
学問をしている人間は、「わからないということ自体」には、何の評価も加えません。むしろワカラナイということは、あらゆる学問の出発点ですから、基本的には重要なことだと思っています。しかし、こちらが教室で何を聞いても、少し困ると直ちに「ワカリマセン」とやられると、だんだんと心が荒んでくるのです。「ワカラナイ」は結論ではない。ゴールではない。出発点なんだよ!だから結局わかりませんでしたじゃなくて、ワカラナイので考えてみたのですが・・・とやらないと「あっそう。つまり君は〇〇な人なのね。はい。じゃ、そういうことで」として終りになってしまうのです。だからこういうことがあまり続くと、人間ですから無意識のうちにこちらの物言いも嫌味が強くなって、「うん。君がワカラナイってことはヨクワカッタよ。それでどう思う?」などとたたみかけることになります。困った学生は、今度はもうワカリマセンすら発することを止めて、死のような沈黙に陥ることになります。
この間まで高校生だった人たちが、デッカイ大学教授に「どう?」なんて質問されれば、身もすくむような気持ちになるでしょうし、うまく答えられないと思った瞬間に頭の中が真っ白になって、どうにも苦しくなって、しかたなくてどうしようもなくて「ワカリマセン」と言ったのかもしれません。だから、そこで身も蓋もないこと言って、その学生が地上に存在しないようなふりをすることなく、やっぱり丁寧に「尋ね直し」をしなければいけないのです。
この時、根本の精神の部分で、「ワカラナイこと、その事自体は大した問題ではない。問題なのは、その場しのぎの、苦しさから逃れるためだけに『ワカリマセン』という癖がついているならば、それは明日につながらないということなのだよ。ワカラナクてもいい。そこから切り開いていけるきっかけを考えて、少なくとも『何が』ワカラナイのかぐらい言語化しなさいね」とちゃんと触れなければいけないのです。

そうです。いま一度確認してごらんなさい。君は何がワカラナイのかと。なぜならば、「ワカラナイ」には、たくさんの種類があるからです。君のワカラナイは、何番目のワカラナイなのか?
すべてのスタートがここにあります。

<ワカラナイ①:自分はどうしてここにいるのか?>
 何と言っても、ワカラナイの中でメガトン級のパワーで我々教員を押しつぶしてしまう勢いを持つのが「自分がどうして今こんな所に居るのかがワカラナイ」というワカラナイです。四半世紀ぐらい前なら、こういうワカラナイ君は「五月病」と呼ばれた病気に罹った若者に多く見られたものでした。苦しい思いをして、一族郎党の期待やプレッシャーに負けそうになりながら、緊張と禁欲の日々をハイティーンの肉体と衝突させながら、非人間的受験勉強をやり遂げた暁には、それだけ楽しく素晴らしく、偉大なる人生が待っているのかと期待をして、艱難辛苦を乗り越えて、桜の舞い散るキャンパスにやって来たのに、そこにあったのは、自分が本当にツマラナイ砂粒のような存在と思えてしまうほど大量にいる学生たち、基本のコミュニケーションすら成立していない数百人対一人の味気ない講義、「知」の上にヤマイダレが付いているとしか思えないアホ顔(ヅラ)の先輩達、いくら本を読んでも結果が目に見えない学問の世界、「あとは個人の自己決定だよ」と言われて何も決められない自分の未熟さ、あれほど憧れた「女子大生」の幼稚さ、何から何まですべてが失望をもたらすものばかりです。
 科目登録が終わり、さぁこれからという時に早くも黄金週間に突入し、小学校3年生の夏休み以来10年ぶりに「何もする必要のない一週間」が与えられ、人生でこれまで経験したことがない、質(たち)の悪い退屈と無気力が全身を包み込みます。症状が悪化すると、そのまま大学を辞めてしまい、10年後に地方都市の県庁の脇にある「中央通り」にある喫茶店の店長となっている姿が目撃されるようになったりもしました。

 しかし、キャンパスにいる80%以上が平成生まれとなった今日、あれから大学生の数がもう100万人増え、大学も300も増えて、理論上は受験番号と名前さえ書ければ誰もが大学に入れる時代となってしまいました。五月病などというものは完全に消滅してしまいました。昔は、連休が終わると男子学生の半分は大学に来ませんでしたが、今日、いつになっても大学は混雑が解消されません。教室にもぎっしりと学生がいます。ただし、そのうちの70%はほとんど講義を聴いておらず、ただ「居るだけ」です。そして、このただ「居るだけ」の中のかなりの比率で存在するのが「自分がどうしてこんな所に居るのかがワカラナくて、しかたなく教室にいる人たち」です。この人たちは、比較的大人しく行儀も良くちょこんと椅子に座っています。
 少人数の基礎演習クラスでは、大教室とは異なり一対一のコミュニケーションができますから、授業の最中、大学でのやり取りに慣れてもらおうと、様々な質問(というより、むしろ「心ほぐし」のための雑談)をしてみますが、質問された多くの者たちが怪訝な顔をして「お前はどうして俺に話しかけるのか?」というようなオーラを出しています。「どこから来てるんだ?」と尋ねると、「横浜です」。だ・か・ら、それじゃ話終わっちゃうだろう?東京の人間に「どこに住んでるの?」と訊かれて「東京です」って答えて会話になるかよ。「どこから?」と尋ねられて「北半球です」って言うのかよ?横浜ったって、山手や石川町と瀬谷はロング・アイランドとドヴァイぐらい違うんだよ。横浜のどこだよ?

「本郷台って知ってますか?」
「高校の時、バンドの奴が住んでたよ」
「あのぉ、ちょっといいっすか?」
「あ?」
「ええっと、調布市役所の電話番号知ってますか?」
「あはぁ?なんでそんなこと僕が知っているんだ?」
「いやっ、知ってるのかなと思って」
「最近、何か面白い本読んだか?」
「いやっ、本とかはほとんど読まないんでぇ」
「(ああ?)本読まないのか?」
「読まないっす」
「じゃあさ、君、何でこんなとこ(大学)に居るんだよ?」(もはやすっかり嫌な奴)
「指定校推薦です!」
「・・・あぁ?・・・」(汗)
 
 チュドーーーーーーーン!

大学で起きたことを面白可笑しく書くにもほどがあると、御立腹の読者には申し訳ありませんが、これは実際に起こったことです。「君はどうしてここにいるのか?」と問われた18歳は、昔は暗い顔をして「東大も早稲田も落ちたからに決まってるじゃないですか」と上目使いで言い返し、それでも言葉にならない、はみ出る気持ちは「どこの学校を出たかなんていう質問を無意味にするような奴になってみせますよ」というものを用意しているようでした。しかし、湾岸戦争が起きた時にまだ生まれていなかった今日の18歳は、「本当に」自分がなぜこんな所に居るのかがわからない様子なのです。「僕たちは、本当はいったいなぜこんな所に居るのですか?」という、彼らの側から発せられる問いは、良く考えるときわめてラディカルな問いです。彼らが狙ってそれを発しているわけでない分、余計に我々に迫って来ます。
こういう類の「ワカラナイ」は、新しいヴァージョンです。のっけからすごく大きな問いが付きつけられましたが、こうしたワカラナイに対応するための準備と理屈は、別の所で取り組まねばならぬ問題かもしれません。

この項目つづく。次回は、ワカラナイその②「質問や議論の意味が(日本語として)ワカラナイ」です。

2011年4月21日木曜日

サヨク≠左翼: よくわからないのに使っている言葉

反原発ってサヨクってじゃねぇ? ~ちげぇよ~

誤解:サヨクって、日本人と国を否定的にとらえる自虐的人間ですよね。いつも徒党を組んで卑怯な事をするし、策略と謀略をたくらむキモい連中ですよ。
回答:左翼的人間とは、人間の理性を信じる楽観的進歩主義者であり、かつ急激な世界変革を求めるため、ある程度の自由の制限は仕方がないと考える人たちです。今は少数派になりましたが、彼らが残した宿題は未解決です。その宿題を考えるためには「サヨク」という幼児語は何の役にも立ちません。

<「主義者」としての左翼>
 今日、「サヨク」とカタカナ表記にされるこの言葉に含まれる意味に、ポジティブな意味は何もありません。これはひたすら「ある連中」を指す蔑称です。そもそも「サヨク」と言挙げされるということ自体が、この言葉の置かれている100年を超える歴史的立場を表現しているともいえるでしょう。明治近代国家においては、「真・善・美」といった人間の内面的価値が個人の良心を媒介されるのではなく、国家そのものに体現され、その解釈が独占されました。ですから、日本では自分がどのような理念や理想を信じるのかという、その信念の内容ではなく、倫理的実体としての国家の謳う価値以外の特別な信条を持つこと自体が、自動的に政治的逸脱とされてしまいました。そういう逸脱者は、「主義者」と呼ばれ、そう呼ばれるだけですでに「普通の人間ではない」とされました。
 宗教を通じて内面世界が人工物としての国家とは別の領域を確保されてこそ、信教や思想や言論の自由が担保されますから、あらゆる「内面価値」が「お国」のそれと重なっていなければ、それを異端として扱うという精神態度が人々の間に一般的となったのです。こうした「普通の人間は特別な思想などにはコミットしないものだ」という恐ろしく政治的なメンタリティーが、現在も形を変えてあることが、「サヨク」という言葉の持つ、古から続く陰鬱としたニュアンスのひとつの原因でもあります。
  他方、左翼の理念や信念の内容にコミットした側からすれば、かつて「左翼」とは、あえてわざわざ自称する必要もないものでした。逆に他称する場合も、この言葉は唯一左翼政治キャンプと激しく政治的に対立する立場の者達のみが、自己を間接的に表現するために使用した言葉でした。自分の立場は、「反左翼」であるという表現によって、その独自性が保障されたのです。つまり、自分が「保守反動」である時のみ、皮肉にも相手を左翼と他称したのでした。左翼自身が表現としてこの言葉をあえて必要としないというのは、左翼であるという自己規定が、この世を「世界史」というものの中に位置づけ、世界をトータルに評価し批判する視点を持った人間、すなわち「社会科学的人間」をわざわざ「人間である」と表現するに等しいほど、自明の修飾語であったという意味です。まっとうに世界と人間を考えて生きている人間は、そもそも左翼でしかあり得ないのであって、人間のことを「肺呼吸をする人間」といちいち表現しないのと同じということです。左翼とは、そのような20世紀のインテリゲンチャ(知識人)の自己規定だったのです。世界の矛盾と歴史の必然を考え理解した人間は、マルクス主義的社会分析と同義である社会科学を「学ぶ」のみならず、同時にこの矛盾に満ちた世界を「社会科学的に生きる」以外、知的であらんとする人生はありえないというのが、左翼の共通認識でした。
 
<社会経済的次元の希薄化>
資本主義が人間の生産関係における矛盾を最も先鋭に表現するのは、資本主義が最も発展した所であり、そこにおいて最も高まった矛盾が、プロレタリアート革命に結びつき、それは世界史の車輪をまた一つガクンと進めるのだという、マルクスの史的観測は、20世紀の初めにはほとんど外れてしまいました。なぜならば、ブルジョアジーもプロレタリアートも極少数しかいなかった、ほとんどが兵士と農民ばかりだったロシアで革命らしきものが勃発してしまったからです。それ以来、誕生したソ連は幼き革命国家を干渉から守り、社会主義化と近代化を同時に成し遂げんと、相当な無理をして、結果的に暗黒のスターリニズムを招き、以後は「収容所国家」として東側国家を束ねてアメリカに対抗しましたが、経済的な破綻を契機に、その歴史的役割を終えました。
独裁者の死後、スターリニズムという世界史の野蛮が明らかになった1950年半ば以降、すでに左翼キャンプ内では、とりわけ青年層にマルクス主義に対する地割れのような幻滅が広がりつつありましたが、20世紀末において、実体としての社会主義諸国が崩壊したことを受けて、「左翼」という言葉も「歴史を語るべき言葉」というコンテクストを脱し、今やある種の精神的病弊を表現する言葉であるかのように、特殊な位置づけがなされてしまっています。言い換えますと、もはや左翼というものの評価は、「主義者」だから排除するという稚拙な態度は論外であるにしても、その基幹部分を構成する価値観すら、もはや評価の対象とされないようになってしまっているということです。つまり、今日左翼がカタカナで表記される特殊な連中として蔑まれ、一部の人によって蛇蝎のごとく嫌悪される最大の理由は、サヨクが「社会主義的」であるからではないのです。ここに20世紀という時間を経た後の、言葉の齟齬が横たわっています。
かつて「社会主義的であること」がどうして批判と攻撃を受けてきたかと言えば、それは人間が生産する財をどう分配するかという、そのやり方において、現行の既得権益を保持する階級が平等な分配方式への移行を拒んだからです。これは「分け前が減る」という素朴な損得勘定のみに支えられたものではなく、歴史的コンテクストや人間の多様なあり方を全部リセットして、合理のかけ声の下に財の配分を強引に行う「革命」に対する、文化や文明論に依拠した異論も含まれていました(まさにそういうものを「イデオロギー」としてマルクスは非難したのですが)。つまり銭金の問題のみならず、そんなに急激に世の中を変えることを死者の声の積み重ねとしての伝統や慣習や文化が許容しないという思想的批判です。
しかし、社会主義のサイドからすれば、階級的抑圧は今を生きる人間にとっての問題でしかあり得ないのだから、そして財を生みだす手段が私的にそれを所有する人間によって独占されているのだから、そこから変えねばならないとしか言えません。元々社会主義(socialism)の「社会(social)」とは、生産手段を「社会が共有する」という所に力点が置かれていたことを表します。それを基本に人間が生産をすれば、まさに額に汗するものが自らの生活と実感と計画に基づいて富の分配がなされるのだから、財の分配は平等へと向かうのだと想定されていました。このように社会主義的であるとは、富の平等な分配ということを中心的価値とするものだったのです。
今日、サヨクとレッテル貼りをする者たちの念頭には、こうした社会主義に内在する社会経済的次元における、あるいはそれを支える思想的次元に棹を差す発想はほとんどありません。というよりも、むしろ依然としてそこに依拠して、粘り強く批判をし続けている言論人は、決して「サヨク」などとカタカナ表記を使いませんし、マルクスのマの字も知らずに左翼を政治批判するような低レベルな手合とは政治的にも知的にも連帯するつもりはないようです。まっとうな保守主義者にとって、左翼を「サヨク」と表記する者たちの存在は、迷惑以外の何ものでもありません。
 
<「サヨク」=陰謀と謀略のキャンプ>
このように、今日におけるサヨク批判の基調トーンには、社会経済的問題に依拠したものはほとんど見られません。サヨク批判の中心は、そうした古典的な価値対立ではなく、むしろサヨクの持つ(とされている)過度なまでの政治主義、そして人間不在の組織至上主義にその力点があるでしょう。これは時として、「サヨクの陰謀」、「サヨクの策略」、あるいは「サヨクによる歴史の捏造」という言い回しをされることで、サヨクの考えている理念ではなく、汚く恐ろしい彼らのやり口に強調点が置かれていることを示しています。
政治主義とは何かと言えば、それは「すべての政治的な事象を党派的対立の図式の中で考え、判断する思考方法」のことです。例えば、共産党の政治的闘争にとって(共産党にとっては「革命未だならず」という永久革命的ミッションを持ち続ける以上、朝起きて歯を磨く行為すら「独占資本によって作られた歯磨きチューブを購入せざるを得ない矛盾との階級的闘争」です)、何がどれだけ闘争の勝利に寄与し貢献するのかが、すべての判断と決断の基準です。すべての考え、すべての行動は、党の政治的勝利にどれだけ貢献するかによって判断されるという考えです。そこでは、党派やイデオロギーの桎梏から解き放たれた等身大の人間の気持ちのような「階級意識として未だ低い段階にあるもの」などは一顧だにされることはありません。そうした精神は、革命的人生を送るために必要な「強い気持ち」を未だに獲得できていない、弱い精神なのであって、当然克服されるものであっても決して褒められたものではないのです。そんな「気持ち」に右顧左眄するのは、充分に階級意識が鍛錬されていないのであって、行く行くはプチブル的日和見態度へと転化し、必ずや反動の嵐に直面して栄光の革命を裏切ることになるだろうとされてしまうわけです。
 今日サヨク批判がなされる際には、この非人間性に対する非難を軸に展開されます。こうした党派至上主義、政治主義は、人間の解放を声高に叫びつつも、いつの間にか「本当は何を守るのか」という基本が逆転してしまい、様々な市民的自由(言論やその他の基本的人権)を抑圧するものとなります。真の革命を目指す集団にとって、基本的な価値は議論の余地なく「プロレタリアートの解放」ですから、そうした基本価値と対立する党派は、すべて「反革命勢力」であって、そうした資本主義のスパイ達は排除せねばなりませんから、共産党が支配する世界は原理的に複数の政党が存在する根拠がないのです。したがって、「一般意思」としての革命の大義は、それに疑念を突き付ける言論をすべて排除することになります。近代社会の基本的価値である自由は「所詮は市民的(ブルジョア的)自由なのであって、そんなものは共産党の政治・組織至上主義と相入れない関係にある」ということになります。
 民族派の政治団体が、政治の現場で共産党系の政治集団と直接対峙したり、ナショナリスト的傾向の強い言論集団が、やはり政治の現場、運動のプロセス、政治活動の一環としての裁判闘争などを通じて「自称人権派」の共産党系司法関係者と衝突したりする時に、こうした政治主義的な共産党のやり方に対する批判は、大きく増幅されます。この時になされるサヨクへの非難は、「所得の再分配」をめぐる経済思想の戦いではありません。ひたすら「あの汚い陰謀と謀略にまみれた全体主義ファシスト」との血で血を洗うバトルになります。
共産党と鋭く対立する保守側も、サヨク人権派が「我々の民族主義的主張を封殺すること」への抗議と「言論の自由」を擁護せよと叫びます。しかし、なにしろ近代的価値のどこまでを容認するかということに関して合意が成立していない保守・民族派・右翼連合ですから、人権や権利章典(Bill of Rights)を声高に訴える段となると、俄然歯切れが悪くなります。それでもサヨクの抑圧的やり方は、英霊に会いに靖國に行く自由の前に立ちはだかるものとされます。サヨクは、口では「人権」などと大声で唱える癖に、そう主張する本当の目的とは自らの党派のための政治的動員と市民を政治的に利用することなのであって、あのような普遍的理念の仮面をかぶり、結局は本当の意味で人間を大切にすることには何の興味もない「政治屋」は絶対に許してはならないと糾弾するのです。昔の左翼は人民の幸福を(間違ったやり方だったが)考えましたが、サヨクはそんなことを最初から考えず、ひたすら政治的、党派的な勝利を求める奴らだということです。
 
<「サヨク=自虐」>
サヨク批判のいまひとつのニュアンスとは、サヨクは自虐的だというものです。言うまでもなく、自虐とは自国の歴史に対する認識が自虐的であるという批判です。左翼は、戦争というものを「本当は階級的利益をめぐって戦わねばならない人々が、軍国主義者に先導された国民国家ごとの争いに巻き込まれて、ただただ死の商人の利益のために利用されている」と分析しますから、あのアジア・太平洋戦争がどのような戦争であったかという歴史解釈の議論になりますと、「軍国主義者と独占資本の連合統治エリートがアジアに対して帝国主義的侵略をなした」という話になります。これはサヨク批判をする者たちからすれば、自国の歴史をひたすら反省し罪悪感を持ってネガティヴに叙述することで、国家の権威と伝統をないがしろにする自虐的な態度です。
奇妙なことは、こうした批判がなされる段になると、批判される対象と蔑称「サヨク」の関係が反転して逆になることです。つまり「サヨクは自虐だ」という強引な決め付けが、今度は順番が変わり「日本の歴史に対して自虐的な歴史観を持つ奴らはサヨクだ」となるのです。この期に及んで、サヨクという言葉は、マルクス主義的含意、つまり近代社会における人間の解放を社会経済諸条件の改革から構想するという理念から完全に逸脱して、言語の意味内容の歪んだインフレーションとともに、ほぼ21世紀における独立言語としての佇まいを獲得することになります。つまり、対米、対中、対韓いずれにおいても、その国際関係を評価する際に、歴史解釈の相対性と自虐的解釈性を持ちこむような、曖昧で妥協的な態度を取るような弱腰な奴らは、あのサヨク連中に洗脳された人間であり、真実の歴史を誰に対しても主張することができない、サヨク的な人間なのだということになるのです。繰り返しますが、これはもはや財の平等な分配や貧困の構造的解体を主張する「左翼」の持った社会経済的イデオロギーとは無縁の「政治的デマゴギー」と言わざるを得ません。
こうした言葉使いや政治的に稚拙な言論によって、保守派の政治キャンプは分裂的状況に陥っています。健全なるナショナリズム(そのようなものが存在するかどうかも結論が出ていませんが)を真剣に模索し、自国の歴史への敬意を維持しつつ、同時にあの15年戦争の「政治的な失敗」を合理的に顧みて、同じ過ちを繰り返さないためにも、冷戦構造崩壊後の世界秩序を冷静に構想しようとしている、良識的な保守派は、このままでは「サヨク=自虐」という大雑把な言説を撒き散らす人々との政治的連帯を断念せざるを得ないでしょう。

<進歩という信仰>
 保守の連帯(連帯する必要もないくらい「革新」はもはや消滅寸前だが)を不可能にする、このような反自虐陣営の大雑把な言葉の使い方とは別に、もし左翼をその政治主義や党派主義といった意味での政治的性格以外の次元で批判的に性格付けをするならば、それは18世紀のイギリスの政治家エドモンド・バークがフランス革命を痛罵した際の論理が参考となるでしょう。その批判対象とは、左翼的な政治経済思想が抱える、現実を細かく観察した結果導き出された社会構想と言うよりも、むしろ演繹的理論の信仰とでも呼ぶべき、つまりある無謬の原理原則から発して、そのあまり当てにならない理論的必然という論理に乗せられて、未来の予測を立てるやり方から自ずと生まれてくる、歴史における「進歩主義」と、社会変革に関する「急進主義」になります。
 マルクスが唱えた所説の根っこの部分にあるのは、商品と労働の関係理解を通じて深められた資本主義分析というより、その基礎としてある歴史の発展法則です。世界には「世界史」という必然の物語とシナリオが存在していて、かつその物語はヘーゲルが言うような人間の精神の胎動と成長の物語ではなく、人間とモノとの関係を通じてこそ生ずる対立とその発展的昇華の道筋、すなわち史的唯物論です。端的に言えば、人間の生産をめぐる階級的対立があるから、それが言わば世界の歴史発展のエンジンであって、それによって人間は「進歩する」ことになっているという不動の前提が存在します。これは左翼思想・信仰の経典の第一章です。
 ところが、長きにわたる人間の歴史を振り返っても、人間の歴史の総体としての評価は、生産の発展などという人間の持つ能力のある部分のみによってなされるものではありません。人間は精神的にも退化、退歩する可能性を多大に秘めているのですから、例えば産業革命によって、内燃エンジンが創られて、爆発的動力を得たからといって、人間の持つ「社会的」秩序をコントロールする権力とエネルギー、そしてそれを制御するための社会的技法の「成熟」が、経済的生産の発展と連動するなどという理屈は、極めて危うく、あまりに楽観的な、根拠なき妄言です。技術の発展と「社会」の発展が同時進行ではないということは、高度化したテクノロジーが人間のコミュニケーション技法を日に日に稚拙なものとさせているという、今日よく見られる光景を眼に浮かべても、もはや自明の話でしょう。
 資本主義的生産が高度化すればするほど、政治経済的矛盾は高まり、それは新たな進歩した社会ステージを創りだすという進歩に関する楽観主義は、人間と人間社会の成熟と未成熟という議論を「歴史の流れに逆らう反動的封建遺制」という一言で排除してしまいます。バークがフランス革命に対してなした評価は、突き詰めて言えば「人間の道徳的退廃の最たるものとは自らの持つ諸力に対して楽観的に過信することと、死者の残した言葉である伝統を軽視すること」です。この世界はもともと浅はかな生物である人間が考えるほど単純ではなく、かつ世界を急激に変えることはできないと確信する、成熟したイギリスの保守主義者から見た時、「理性」信仰と「神の死」を声高に叫ぶフランス革命の馬鹿騒ぎなど、人間の未熟さを恥じる歴史的「良心」の足元にも及ばないものと考えられていたのです。
 フランス革命から200年以上を経て、今日バークのなした批判は21世紀という文脈の中で、また別に位置づけをしなければなりません。しかし、人間の持つ能力、とりわけここでの文脈で言えば、社会技法としての政治、そして敢えて左翼的な理論構成に乗って言えば、そうした政治の基礎をなす社会経済条件のあり方は、バークの鳴らした警鐘をもはや無意味なものにさせるほど成熟しているわけでもなく、数百年を経て本質的に成長を遂げているかどうかも、あまり安易には評価できないでしょう。あれから人間が賢くなっているのかどうかの評価は、左翼がかつて想定していたよりもずっと困難で、時間を要する作業問題なのです。ここに慎重な態度を取らない時、世界史が証明しているように、巨大な経済的社会的イデオロギー的動員をもたらす「政治」が必然的に抱える負荷は、未成熟な人間の権力技法によって反転して、恐るべき粛清と自由の抑圧を生みだすことになりかねません。そのような負の帰結が生ずる可能性と、保守主義者がいう「死者の声」は、21世紀の今日においても、左翼の担保物件としての「デモクラシー」がどれだけの買値を付けていても、基本的には軽々には無視できない懐疑主義を提供してくれています。

<残されている宿題>
「あの戦争は侵略ではなかった」と公言できない人間はすべて自虐ゆえにサヨクとするなどという、児戯に類するような拙劣な言論がどれだけ一部のキャンプによって支持されようとも、我たちの眼の前には、左翼陣営がその政治的失敗とともに放置した巨大な宿題が残されています。それは今日未だに解決されない「貧困と格差」という問題です。世界における人間の生産とそれによってもたらされた様々な財の分け方があまりに不均等になると、人々はスタートラインの段階からすでに希望を失ってしまい、その後の人生は「約束された苦悩」となってしまいます。それではあまりに最初からやる気をなくす人々だらけの世界になりますから、何とか人々が完全にやる気を失うことがないようなやり方で、そこそこの平等が確保されねばなりません。そして、可能であれば、ささやかな富の享受が尚も生産が継続発展する契機となり続けることができるような経済制度やシステムが必要ですが、我たちは未だにそのようなシステムを構築していません。
財の平等な配分など、甘く切ないユートピアに過ぎないという、お決まりの批判は絶え間なくこれまでもなされ続けてきましたが、ここで筆者が言わんとするのは、ユートピアの完成ということではありません。希望を完全に失ってしまうような社会経済的諸条件とその帰結の下に生きなければならないことが、構造化されてしまって、避けることができないとされている人間の数を、全体として減らしていく手段と方法について、なおも漸進的に考え続けるべきだという、大人しい目標です。キャラクターの脆弱な「反自虐(自称)保守派」の方々が、今や実は政治の支配的な勢力としては風前の灯のようなマイノリティとなってしまった社民党や共産党に対して、破廉恥なる罵声とともにドン・キ・ホーテのごとく戦いを挑む姿は、もしかすると社会的コストとして受け入れ、それを優しく見守らなければならないかもしれません。なぜならば、そうした社会的弱者としての彼らの精神を安定させるための福祉というものが必要だからです。
しかし、そうした新たな「福祉」の問題以前に、未だ克服されていない課題、つまり私たちが「その時代、ある時における実現可能(feasible)で持続可能(sustainable)な平等を志向する社会」をどのように構想していくべきかという問題は決して消滅することはないのです。もし今日において「サヨク」という問題のズレた軽蔑を受けてしまった「左翼」というものが、政治的にはいかに脆弱であろうとも、思想的には粘り強く宿題の意味を考え続けるキャンプとされるならば、私たちは何よりもまずサヨクとされているものの持つ今日的方向付けを、「自虐」などという幼児語を排除しつつ、再定義するべきです。
 再度強調すれば、20世紀初頭に左翼の産み出した歪な政治体制は、その困難な政治的・歴史的諸条件の下で、不幸なことに市民的自由を抑圧し、すべてを党派的図式に還元する悪しき政治主義に陥ることで、21世紀の今日、我々に多大なる教訓を残しました。しかし、そうした左翼が残した、世界史の実験のためになされた多くの政治的敗北と実践的失敗をすべて差し引いても、「活力ある社会をなんとか維持できる程度の平等な財の配分」という、「左翼の」ではなく「私たち」克服すべき課題は残ります。もしそれが最も肝要な問題だという共有された認識があるならば、今日一般化した蔑称としての「サヨク」という言葉は、私たちが格闘しなければならない難題を解決するためには一切何の役にも立ちません。言葉の遊びは、それによってのみ精神が救われる人々に任せておけばよいのですから、サヨク批判をしなくても不安に陥ることのない精神的強者たちは、一刻も早く、この切ないカタカナ語に別れを告げなければいけません。ただしこの話は、言うまでも無く「左翼」という用語を政治的目的を持って復活させるべきかどうかという、これもまた不純かつ下世話な問題とは基本的には何の関係も無いことも付言しておかなければなりません。

2011年4月11日月曜日

学生に告ぐ!:批判するとはどういうことか?

批判するとはどういうことか



<アリガタイ事としての「批判」>
 批判されるのは嫌なものです。誰だって貶(けな)されるよりも褒められたいものです。この世にあらゆる批判に耐えられる人間などいません。しかし、学問の世界ではこれが無いと何の意味もありませんし、「学問≒批判」と言ってしまっても良いくらいに大切なものです。このことを大学までやって来た19歳はまずとにかく自分に言い聞かせなければいけません。批判的営為のない学問とは形容矛盾であると。
 でもそんなことはわかっているのです。批判的考察が無く、ただ褒め続けるだけの世界で知性など発達しないなんて当たり前です。ワカッテマス。しかし、わかっていてもムカつくのです。批判されると。面白くありません。なるべくなら批判なんかされたくありません。そんなところに留まっていると、いつまでたっても勇気をもって大学生活を送ることができませんから、やはりこの問題についてはちゃんと考えなければなりません。批判し、批判されることがどれだけの御利益を含んでいるかをきちんと知れば、非建設的なムカつきから解放されますから、やはりここは少し考えましょうというわけです。
 まず非常に当たり前のことなのに、多くの人たちに忘れられている、あるいは見過ごされていることがあります。それは「批判する」という行為が非常に愛に溢れた行為だということです。愛が大袈裟なら、敬意や尊敬でもいいでしょう。よく「愛憎」などという言葉が使われますが、このセットは非常に多くの誤解を生み出す傾向にあります。「愛と憎しみ」という、この対極的な感情が云々とお決まりのフレーズと共に使われますが、実は多くの方がもはやお気づきのように、愛の対概念は憎しみではありません。私から言わせれば、「愛」も「憎しみ」もいずれも実に愛に溢れたものです。相手を、誰かを憎むというのは、大変なエネルギーを必要とする行為です。対象に向けた相当な「気持ち」を動員しなければ、早々憎むことなどできません。ですから、愛情の対概念は憎しみではなく「無関心」です。対象を路傍の石とみなすことです。
 このような前提からすれば、相手を批判するということは、相手に多大なる関心を持っているということであって、それはつまり根本的な部分で相手に対して愛情と敬意が存在するということの証なわけです。言い換えれば、相手を批判するということは、相手を愛玩動物のようには扱わない、一人の人間として重んじているということです。実は、愛玩動物のように相手を扱うと良いことが一つあります。何よりもそうすると相手から嫌われません。未熟な人間はそのことをもって「自分は愛されているはずだ」などという哀しい誤解をします。こういう関係をよく大学でも目撃します。どう見ても、学生を愛玩動物のように扱い、すべて肯定してやり、褒めてやり、気持ちの良いところを突いてやり、笑顔を絶やさない扱いをしているのを見て、私は本当に「冷たいことするなぁ」と思います。そういう教員を私は「ツンドラ教員」と呼んでいます。そして、冷たいなと思いつつ、他方彼(女)の気持ちもよくわかります。すべての学生に同等の愛情を傾けるなど不可能ですから、自ずと強い意志を持って学びの場に臨んで来る者たちに多くの愛情を注ぐことになってしまいます。そんな時、そうでない多くの者たちを路傍の石にしてしまうと、彼らは拗ねてしまいます。これがエスカレートして、出鱈目で甘ったれたクレームでもつけられたら大変ですから、リスクを低減させるためには愛玩動物のように扱うしかない場合もあります。
 話がそれましたが、要するに批判するということは、相手をどこかでリスペクトしているからであって、だから批判をしたりされたりするやり取りが存在するということは、アリガタイことだということです。そうでなければそんな面倒なことを誰がしてくれるかと言いたくなります。もし相手が何か批判めいたことを言ってきて、その物言いが自分に対する敬意を含んでおらず、単なる悪口や中傷の域を出ない者、あるいは自己のフラストレーションのはけ口の対象として自分が「ランダムに」選ばれただけの存在とされていることに気が付いたら、その時にはもはやこちら側の相手に対する愛情や敬意が育っていく契機が失われますから、即「ツンドラ」な言葉で終わりにしてしまいます。「残念です」と。これ以外の言葉を発する必要はありません。それ以外のやり取りは、相手を重んじてしまいますから。
 批判するとは、そのような愛と敬意をもって以下のようなことをわざわざ親切にしてくれることです。実は、我々は批判するという日本語表現そのものに染み付いてしまったニュアンスから逃れていないために、批判という行為がおおよそ以下三つのことに収斂するということに気づいていません。整理して考えてみると、その言葉が持ったささくれ立ったニュアンスが弱まることに気が付くはずです。

<批判する①:事実を示す>
 批判するという行為の中には「事実はこうですよ」と指し示すことが含まれます。特に、ある事実を示した人に対して、「正しい事実はこちらの方ですよ」と示すことで批判することになります。ある国会議員の秘書が3人逮捕されて、3人全員が「自ら有罪を認めている」という「事実報道」がなされていますが、事実は3人全員が一貫して無罪を主張しています。これは完全に誤報ですから、全国紙の新聞報道によって伝えられたことは「事実ではありません」という指摘をすれば、これは批判作業です。あるいは、フリーのジャーナリストが、大新聞とテレビの記者が作っている閉鎖的で権威的な記者クラブからいつも理不尽な排除を受けるので、自らの経費負担と努力で有力政治家の会見を行ったところ、記者クラブはこの会見を「記者会見」と報じず、「インターネット番組」と意図的に誤報したため、フリージャーナリストが作る自由報道協会は、「インターネット番組というのは事実ではありません」と批判しました。わかり易い例です。一番シンプルな批判行為は、「ファクト(事実)が違いますよ」と注意を促すことです。「この嘘つき!」と言われると、「言いやがったな、この腐れ外道がぁ!」となりますから結果的に「喧嘩を売る」ことになりますが、「事実はこちらの方ではないかと思われますが…」とやるとジェントルな「批判」となります。

<批判する②:「説得力が弱い」と指摘する>
 批判するとは、「そんな説明では駄目ですね」と言うことです。駄目だと言われても、駄目さ加減もいろいろありますから、ヴァリエーションを示す必要があります。
 まずは(a)説明の弱さ、次に(b)問いそのものの有意性の低さ、の2つがあるでしょう。例えば、元与党代表は「政治とカネ」の問題に鑑みて議員を辞職するべきだという主張があった場合、(a)に依拠した批判はどうなるでしょうか。(a)は「説明の弱さ」ですから、説明が弱いということは理屈として説得力が弱いということです。辞職を主張する人は、「秘書も3人逮捕されて罪を認め、本人も政治資金規正法に反する虚偽記載を理由に起訴されているから」と根拠を示します。しかし、実際は秘書全員無罪を主張しており、無罪となる可能性もあります。そもそも議員の起訴理由とされているものは刑法上の罪と呼ぶには前例から見ても余りにも軽く小さなもので、与野党含めて他の議員も何百人もの人たちが同じことをやっていて、この議員以外全員「記載訂正」するだけで罪に問われていません。この議員の場合だけ、元々検察すら起訴を諦めたのに、実態の不透明な検察審査会によって強制的に起訴されました。そうなると「責任を取って辞めるべきだ」とする主張には、あまり説得力があるとは言えません。その意味で、批判されるでしょう。
 そうなると(b)の駄目さ加減、つまり「元代表は辞職するべきか否か?」という問いそのものの立て方自体に問題があるという話にもなります。そもそも「何の責任」であるのかが、全く明らかにされていないのですから、「責任を取って」という部分が無意味となるでしょう。つまり、「貴方のおっしゃる事は、合理的にものを考える人間をきちんと説得するにはあまりに根拠が弱く、彼を辞職させる妥当性についての説明能力が低いです」という批判になるのであって、さらにもう一歩進めれば、「これまでのところ、元代表に責任があると判断する根拠として示されているのは『全国紙記者の著名なOBが直感として有罪に決まっていると言っているから』、という事と、『彼の政治の師であった旧派閥の親分の政治手法を伝統的に受け継いでいると言われているから』の2つしかありませんね。これはいずれも『思い込み』の域を出ない、ただの印象に過ぎませんから、そもそも『辞職すべきか否か』という問いを立てること自体にあまり意味がないですね」と批判されて終わりです。
 言論の評価において最も大切な基準は、その論が「強いか弱いか」です。そして、この場合の「強弱」とは、「説明能力が高いか低いか」という事だけを意味します。根拠が弱く、まともに筋道を立ててものを考える人々をどれだけ納得させられるのか、そもそもその問題の出発である「問い立て」は意味あるものなのかが重要で、もしそうでなければ「論が弱い」と批判を受けます。「その言い方では説明力が足りません」と言う評価のことです。言わずもがなですが、この説明を試みている人の「人柄の悪さ」や「親切心の足りなさ」などは、この論の批判とは何の関係もありません。その人の容姿も関係ありません。「いかがなものか」とされているのは、ただただその「理屈の力のなさ加減」であり、逆に言えばその「反論と反証のやり易さ加減」です。「そんな簡単に反論できることおっしゃってどうするのですか?」という突っ込みです。

<批判する③:異なる世界解釈を示す>
 「そんな説明じゃ納得できません」と批判するだけでなく、それにおっ被せて「こう考えるのが妥当じゃないですか?」と一歩進んで、相手と異なる世界の解釈、世界の理解の仕方を示すのも、極めて建設的な批判行為です。ある政党が、これまでの政府の政治運営の駄目な所をすべて改革することを訴えて選挙に臨み、多くの有権者の支持を得て政権交代を果たしたとします。ところが数年後には、手のひらを返したように次々と公約を反故にして、前政権のやって来たことをそのままなぞるようなことになった場合、この有様はどのように理解され、解釈され、そして説明されることになるでしょうか?
 新しい政府への期待が大きく、同時に旧政権への失望も大きかった人々は、こうした新政権の変化を「裏切り行為」と解釈するかもしれません。野党時代には、清く正しく斬新なことを言っていた連中も、権力を握った途端に堕落を重ねて、利権と癒着して、腐敗して、有権者や公共の利益を蔑(ないがしろ)にして、要は私利私欲に走ったのであって、だから政治家など所詮は皆そんな連中でであって、今後何度政権担当者が入れ替ったところで政治は変わりなどするはずもなく、損をして裏切られるのは常に我々弱き民草なのだと。
 しかし、少しでもこの世の大人の世界を知り、もう少し現実の有様を踏まえつつ、自分の頭で考えることができる人なら、こうした事態をただ単に「裏切られた革命」という素朴な話の中に落とし込むような安易なことはしないでしょう。いったい自分は何者なのかという、小指の先ほどの謙虚さがあれば、このような勧善懲悪の裏返しのような反応をして嘆き悲しむようなことはありません。この「裏切られた革命」説は、事態の解釈としては別のさほど荒唐無稽なものでもありませんが、日本の政治は痩せても枯れても、所詮は100点満点の55点のものであっても、一応民主政治というシステムとルールの下で行われています。ですから、心がけの悪い、悪徳政治家が権力掌握と共に一気に、一挙に腐敗して、同じ党派の政権担当集団のメンバーが一斉に雪崩を打ったかのごとく悪に手を染めて私利私欲に走るなどということが起こるはずはありません。そんなことは、この巨大なシステムの下では逆に構造的に起こり難いし、制度やルールの「慣性」といものを考えても、それほど安易に権力を暴走させることが可能であるはずはなく、一部の権力者が他を圧倒するような権力構造が現行の政治制度で即稼働することも不可能なのです。
 そうなると「裏切られた革命」説は、退屈を紛らわす読み物としては悪くありませんし、そのことで人々の情念に健全な波風を立たせるものとなれば、それはそれとしてある種の役割を果たすことになるかもしれませんが、冷徹なる現実の解釈としては、あまりにナイーヴなものとされる可能性もあります。元来、それほど道徳的な善悪がはっきりとした中で政治が展開するならば、これほど政治学が苦闘するはずがありません。善意が反転し、悪意が偶然の力学の中で人民を救い、巨悪が駆逐される事態に手を貸し、かつ人々の無意識が獰猛なる停滞を固定させ、保守する心とその精神の稼働が世界を流動と液状化へと導くことすらありうるのが「政治」の営みである以上、政治の世界はもう少し冷えた、そして乾いたタッチで把握されなければならないはずです。
 長い間野党の立場で研鑽を積んだ、さほど無能とも思えないような、そして我々同様一夜にして志を豹変させるわけでもなく、かと言って正しき道を頑なに固守する鋼のような精神を用意しているわけでもない、そして志のためには人民に命を預ける勇気もないが、それでもある時には我を忘れてコミュニティにコミットすることだってある、要するに「我々のような凡庸な人々」が政治家です。そうした人々が、もし長年にわたる旧政権のやり方をそのままなぞるような、現状追認のようなパフォーマンスに終始するようなことになっているのなら、その時にはその理由をそうした政治ゲームのアクターの「心がけ」の問題として問うのではなく、アクターが替わっても、メンバーが入れ替っても、依然として変わらぬ「構造」、「カラクリ」、「隠れたゲームの裏ルール」、そして「相変わらず残り続けているアクターたち」の存在に何らかの原因と、このような事態を招いている要因を求めることで得られる、「大人の解釈」といものが存在するはずです。この場合、世界の解釈は「裏切られた革命」とはならず、「連綿として続く何らかのものについて」というものになります。
 有権者の期待を背負って、新政権の船出をしたが、選挙で入れ替わることが無い官僚は、様々な業務のレベルやプロセスで「洗練されたサボタージュ」を執拗に繰り返し、100年以上もの時間をかけて熟成させた、芸術的なまでに巧妙な手口で既得権益を擁護せんと、社会をエンジニアリングできると素朴に信じる経験不足の若手政治家をチームで洗脳し続けた。行政事務、とりわけ予算編成にかかわる膨大な情報をほぼ独占している状況の下で、官僚は財政の基本構造には絶対に手を加えることができないように様々な工夫を凝らして、政治任命の大臣たちを籠絡し続けている。このようなことが隠然と行われているにもかかわらず、これを有権者に伝える使命と責任を持つはずのマス・メディア、報道機関は、元からあったかも疑わしい「ジャーナリストとしての矜持」を完全に放棄した。そして自らの情報渉猟の無能も手伝って、国家行政機関がリークした「大本営発表」を全社横並びで垂れ流すだけで、行政や政府を監視する機能を果たすどころか、長期にわたって続いた旧体制下で習わしとなっていた様々な悪しき慣行が露見することを恐れ、既得権益を死守せんとする巨大な利権・官僚省益と共同で、改革を委ねられた新政権を引きずり降ろそうとなりふり構わずに与党の足を引っ張った結果、人々は新政権の無能と不能と不実をなじり、改革の旗は降ろされ、二大既得権益集団である官僚とマス・メディアの誘導した通りに、世論は形成されつつある。このように解釈されることあり得ます。まさに批判的解釈、批判的現実考察です。
 ここでは「裏切られた革命」説に対して、「隠れた利権集団による世論誘導」説が、別の、異なった現実解釈、現実理解として示されることで、前節を「批判する」ことになっています。②同様、やはりここでも「裏切り説」では、現在生じている事態を十分に説明できていないという批判から、多くの人々が合理的に考え、大人の常識で考えればある程度納得できるだろう説明をぶつけることで、批判的な考察がなされることになります。ここから「昨今の状況は、政治家が変わってしまったからではなく、旧構造を守ろうとする者たちによる抵抗によって起きていることだ」という見方が示され、裏切られた革命説という解釈では不十分だという評価が出てきます。まさに批判とは「異なった解釈の提示」です。この時、またまた言わずもがなですが、批判する側が現政権に好意的であるかないかは(気持ちはあるにはありますが)、やはりこの議論には何の関係もありません。問われるのは、とにかく新しい解釈が「話として出来が良いか悪いか」だけです。もし出来が悪ければ、誰かまた別の論者が、また別の解釈を示してくるかもしれません。そしてそれは、自ずと前者2つの解釈にとって批判的な存在とならざるを得ません。
 批判的な解釈を示されたからといって、ムカつく必要は全くありません。逆に、胸を張るべきだとも言えます。何しろ自分の世界の解釈が存在したために、そのお蔭で、別の人の解釈を生み出させた可能性もありますし、少しでも多くの人々が肯(がえ)んずることのできる解釈を作ろうと努力がなされたことで、この問題にかかわる多くの人々全体のレベルが向上したかもしれないのですから。こうしたことも、「敬意を伴う批判」によってのみ生ずるのです。

<アリガタイ関係のために不可欠な「マナー」>
 議論をし、言葉を重ね合わせることで皆の水準が上がっていくという、非常にアリガタイ関係が正しく機能するためには、私たちがこのアリガタさを忘れずにいられるための条件が必要です。なぜならば、このアリガタさは別の言い方ひとつで、あるいは使う言葉の選択のわずかな差で、いとも簡単に色あせたものとなってしまうからです。①の例では、「事実(別の)を示す」ことで批判がなされることがわかったと思いますが、これを「嘘つけ!」とやっては、温もりに満ちた心が急速に冷えて、相手を一気に攻撃的にさせてしまいます。相手の説明力の弱さを指摘するにしても、「そんな説明では何も明らかにならない!」と言うよりも、「この部分がもっとクリアになれば、より一層説得力が増すかもしれませんね」と言う方が、相手のやる気とポジティブな精神を引き出せるかもしれません。③の、別の解釈の提示においても、「これこそが現実の最良の解釈である!」として示すだけでなく、「この解釈とこれまでの解釈を統合できれば、世界はより立体的に我々の前に立ち現れるかもしれませんな」というニュアンスを加えれば、所詮は世界の部分しか解釈できない我々人間の課題が、まさに共同作業によって取り組まれるべきものであることを強調し、喚起させることに結び付くかもしれません。
 このように考えれば、批判するという行為は、常に「我々の知的共同利益をどうすれば生み出させることができるか」という志向性とセットでなされるべきものです。批判とは、切った張ったのために行うものではありません。共同で世界を切り開くための、アリガタイ営為なのです。これほど貴重なことを野卑で子供っぽい言葉や振る舞いで台無しにするのはもったいないことです。