2016年8月10日水曜日

【新刊本、本日発売と相成りました:『デモクラシーは、仁義である』(角川新書)】

 本日10日角川書店より、『デモクラシーは、仁義である』を上梓させていただきました。

 デモクラシーの意味と意義を共有する多くの友人もおり、曲がりなりにもデモクラシーは多くの人々の「生活原理」となりつつあります。
 しかし他方で、未来への不透明感と漠とした不安を抱えた人々が、ままならぬ日常と鬱積するフラストレーションを「デモクラシー」を罵倒することで晴らそうとしつつあります。

 デモクラシーの生活技法とは、「失いたくないものを共有する友人を増やしていく」ことです。
 その意味で、失いたくないものを「もう共有している人たち」と、それを確認すらだけでなく、これから共有する友人にも届く言葉が必要です。
 
 それを念頭に、この本はデモクラシーを愛している人と言うよりもむしろ、「デモクラシーにそうとう懐疑的な気持ちを持っている人たち」に、「気持ちはわかる。思いも共有する。でもやっぱりギリギリで僕たちがデモクラシーとやはり別れられない理由を確認しよう」という呼びかけをしました。

 どれほどデモクラシーの悪口を言う人でも、どれだけデモクラシーに悲観的な人も、そしてどうにもウジウジしている人も、「それでもどうしても手放すわけにはいかないもの」をたくさんの人たちが共有していると信じています。

 各々の選挙が終わっても、僕たちのデモクラシーは終わりません。僕たちに「終わらせたくない」という気持ちさえあればです。

 どうかご一読いただければありがたいです。
 






2015年9月1日火曜日

「今さら言おう基本のキ・オブ・デモクラシー」〜典型的な物言い:民主政治的センスを止めるロジック〜


ツイッターでちらりとエンカウンターした典型的な物言いです。

ちょっと読むと「その通りだよな」と思える、ヴァリエーションを変えつつ大量に出回っている民主政治(無)理解です。
丁寧に考えれば、全部論破できます。
でもこちら側は荒れた言葉を使わずに「丁寧に」です。


以下↓
光太郎 @koutaro1942
反対派には民意は感じられません!法案は選挙で選ばれた政治家が国民の付託を受けて議会で論じられたもので民意そのものです。賛成派はそれを応援したもの!デモで政治を変えればそれは民意では有りません!テロ行為です。

この「民意そのものです」という部分がジャンプアップです。
かつ「デモで政治を変えればそれは民意ではありません」が、一歩立ち止まって見ると「論理が全くない」です。つまり気持ち。

法が選挙を通じて選ばれた立法府のメンバーによって、ルールに基づいて議決されて成立するとか、その結論が民意であるというのは、「法制度上の原則」であって、それが即イコール民主政治を担保するものではありません。

民主政治は、人々の判断(民意と仮に呼んでも良いが1億人の民意など実態として存在するわけがないので、政治家やメディアが俊秀なる解釈によって言語化すべきもの)を、選挙や、世論調査や、地域での議論や、様々な社会集団における判断や議決や、リコールや、住民投票や、街頭デモや、お茶のみをしながらの隣人への声がけや、そういう「あらゆる手段を通じて行われる個別の人間の価値観に依拠した世界解釈の発露」を通じて、「その場、その時」に注意深く耳を傾けながら決定へと着地させていく「過程」「プロセス」、つまり「一連の人々の考えの連続確認作業」です。

まとめます。民主政治=「時間的に連なる人々の考えの連続確認作業」を前提にしたやりかた。

上記の「典型例」をもう一度丁寧に読んでみてください。

反対派には民意は「感じられない」(「感じ」ですね)のだそうです。

「議会で論じられたもので」とありますが、まともな議論などされていませんね?野党がその筋で質問しても答えませんよね?百歩譲ってもその「論じられたもの」の悲惨なこと。

「論じられたもの」が未だないわけですから、それが「民意そのものである」とは、論理的に言えませんよね?

賛成派は「それ」を応援したそうですが、この指示語の「それ」はまだ存在していませんよね?あるのは信じられないほどできの悪い法「案」だけですよね?

「デモで政治を変えれば」と言いますが、デモだけじゃなくて、いろいろなやり方で毎日政治は「変わって」いますよね?

「それは」民意ではないと言っていますが、「それ」は何?
テロ行為だそうですが、賛成派のデモもテロなのですか?

ツイッターやFBには、この「なんだか細かく考えたことはないが非の打ち所がない正論っぽい感じの言葉とされたもの」のコピペや応用があるだけで、要は「自分が逆の立場になった時に酷いことになるかもしれない」という想像力を動員する気持ちが弱い人たちの悲鳴のように感じます。議論ではありません。蓋を閉めているのです。

民主政治は、時間の制限がありますから、延々と「確認作業」を続けるわけにはいきません。しかし、確認作業の途中で「これは一億人の有権者のうちのほとんどの人に違和感を持たれた法案だな」とわかれば(もうわかっているのですが)、
1、引っ込める
2、大幅に修正する
3、この法案を支えている(実は支えられていない)前提からもう一度丁寧に議論することを呼びかける。

の三つから結論を出すのが民主政治です。

誤解してはいけません。多数決は、この確認作業の「ひとつ」の手法に過ぎません。たくさんの人がカーッとなって誤った判断をしている可能性を前提に民主政治はあるからです。
デモに行く人は多数決を否定しているのではありません。
「あの時の多数と今の多数がズレてるんですけど」と言っているのです。

そう考えると、自公政権と大阪市長のやっていることがいかに民主政治とは無縁であるかがわかるはずです。

以上、「今さら言おう基本のキ」オブ・デモクラシーでした。

2015年7月24日金曜日

鶴見俊輔さんが亡くなった:追悼文

鶴見さんが亡くなった。

困った時、苦しい時、「鶴見さんならどう考えるのか?」といつも立ち戻った、鶴見さんが亡くなった。

93歳だから天寿を全うされたのだと何度も自分に言い聞かせた。
亡くなる前にも、もう何十回も、「人は永遠には生きられないのだ」とまるで18歳の青年のように繰り返し繰り返し「その日」の覚悟を作ってきた。

しかし、やっぱり悲しくて、切なくて、どうしようもない。

鶴見さん、あなたは僕にとてつもなく沢山のことを教えてくれた。

思想を持つとは立派な考えを持つことではなく、失敗から学び成長し続けることなのだということを教えてくれた。

戦争が始まってアメリカに留まるか帰国するかを迫られた時、「戦争が終わった時、負けた側に居たいとおもった」という「思想を超えた領域」が存在することを教えてくれた。

近代日本で高等教育を受けた者たちが、世界が変わるたびに教科書を取り替えて、その度ごとに一切の思想的葛藤なく優等生になろうとすることを「一番病」と名付けて、「学ぶこと」と「勉強が上手」であることは違うということを教えてくれた。

本当に世界を切り開く優れた知性は、権威的で難解な言葉を使わなくても、15歳にわかる言葉で表現できるものであること、そしてそれを実行することがどれだけ大変なことであるかを教えてくれた。

どんな個人の悪よりも国家のもたらす悪のほうが大きな悪であって、それを防ぐためには国家とは別の尺度でものを考える社会が必要なのだということを教えてくれた。

人間は世界を完全情報のもとで理解することができないのだから、他者の命をなきものにする最終的な根拠を持ち得ないという、シンプルかつ普遍的な原理を教えてくれた。

もっともっとたくさん教わった。とても書ききれないことを教わった。

もう鶴見さんはいない。もう二度と会えない。

でも、鶴見さんは星の数ほどの言葉を残してくれた。

だから、それがある以上、鶴見さんはなくなっていない。

今、なくなったのは、鶴見さんに頼ってばかりいた情けない自分だ。

もう亡くなったがなくなっていないのだから、鶴見さんに寄りかかる自分も終わりにしたい。

でも、それでも、苦しくなったり、わからなくなったり、本当に途方に暮れた時には、少しでいいから、また教えてください。それぐらいいいでしょう?

さようなら。鶴見さん。

そして、弱虫の自分よ、もうあと少しだけ泣いたら、さようなら。

2015年7月15日水曜日

言葉にして、肉体を動かした人の意思は簡単に消えません


「どうせ反対したって強行採決されちゃうんでしょ?」という気持ちはよくわかりますが、「どうせ死ぬんだから生きててもしょうがない」なんて思いませんよね。

同じことです。

しかも、反対にも色々なニュアンスがあって、それがこの先無駄になるということは確定していません。

人が「それはいかがなものか?」と実感して、肉体を動かして訴えた時、それは雲散霧消しません。

なぜならば、その後も、私たちには「言葉」があるからです。
「あの時反対したが、ま・た・反対する」と言うための手段があるからです。

まだ今のうちは。

どうせ強行採決されちゃう「のに」ではなく、どうせ強行採決される「から」、あるいは「けれど」、だからと言って「黙り込む理由」もありません。

反対した。
強く反対した。
弱めに反対した。
一生懸命に反対した。
性格に引きずられじんわりと反対した。
静かだが持続性の長い高いカロリーで反対した。
それほど反対の気持ちはなかったが真摯なる態度で反対した人たちを勇気づけようとして反対した。

反対することで自分もこの世界に関わっていることを確認したくて反対した。
私の小さな反対を示す行為を誰かが見てくれて、誰かが「そう思ったらそう言えばいいんだな」と思ってくれることもあるかもしれないと思って反対した。

反対なんて一時の突風のようなもので日本人は忘れやすいから今は辛抱だというおっちょこちょいの政治家が「え?やっぱやばいかも」という気になって、1%の勇気を振り絞って「結論を急ぐべきじゃないと思います」と発言する可能性が今後0%とはかぎらないのだから、三軒茶屋の駅前で反対ボードを5分掲げて反対した。

まだ少し勇気が足らなくて反対したとまではいえない。
子供の顔を見ていたら少し叱られたような気がして反対したくなってきた。
「そういうことには関わるな」とダンナに言われたが「お前も少しは考えろよ」とムカついて反対のカードを作った。

「反対するなら対案を出せ」と言われてちょっと詰まったけど「足踏まれたるのに対案出せはねぇだろ」と思い直して「はぁ?反対する」と突っ返した。

「反対する」理由は、強行採決を止めるためでもあります。
しかし同時に、反対するのは、私たちが「民主社会を生きるために呼吸をしている」からです。

民主政治を「やる」というより、「民主社会を生きているだけ」です。

特別なことではありませんが、止めることはできません。

私たちは、うつむかねばならないことなど何もしていないです。
顔を上げて、今日も1日やるべきことをやりましょう。

2015年7月6日月曜日

「最後に政治家を縛るものは何か?」(ハフィントンポスト)

新しい論考を『ハフィントンポスト』に書きました。

タイトルは「最後に政治家を縛るものは何か?」です。
よろしくお願いします。

http://www.huffingtonpost.jp/kenji-okada/politician_b_7729434.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

2015年6月25日木曜日

「大異も中異も小異も捨てて大同団結する」理由について


 言わずもがなであるが、「戦争は嫌だ!殺したくないし、殺されたくない!」というメッセージと、「やはり何度も考えたが集団的自衛権を日本国憲法の枠内で正当化する論理には無理があると思う」の間には、ものすごくたくさんの問題群や問題の次元の差異や、その他様々なものが横たわっており、その広大なゾーンにあるひとつひとつの問題とそれへの基本的態度は、さほど単純なものではない。

 つまり、若者が国家の周りを取り囲み「戦争法案をつぶせ!」と声をからしている主張の内容となれば、「その前に戦争が道徳的な悪なのか、それとも外交手段の延長上にあるのかの議論は必要ではないか?」という気持ちもある。


 この法案が通れば、教室で教えている学生たちの多くが即徴兵されることになろうとは確実には言えない。

 国際社会が、独立国家の当然の権利として(自然権として)正当防衛的な武力を当然視している中で、専守防衛の軍隊を民主的統制の優れた制度のもとで保持することを、さほどのデタラメとも思わない。平和を原理的に考える次元と、他国との関係を外交的に考える次元はおのずと異なるからだ。

しかし、今猛然とした批判にさらされている政府は、

・世界基準の制度整備が欠けている酷く恣意運用を許す特定秘密保護法を強引に通し、

・永遠に非正規社員から抜け出せない不安を促進させる労働法の改正を完全に雇用者側(経団連!人材派遣会社!)の意を汲んで押し通し、

・教育にひたすら市場原理を持ち込もうとする財界の思惑そのままのデタラメな改革を目論み、

・財政再建などお構いなく株価を上げて企業の内部留保を増やすことで政権の延命だけを目的とするインチキ経済政策を断行し、

・何よりも、言論の府である議会における政治の言葉を腐食・退行させる知的荒廃になんの憂慮も持たない。

 そうなると、「戦争は道徳的に許されません!」という主張には100%は賛同できなくても、「この法案はダメでも、改憲すればそれでいいのかという議論からは逃げられない」という気持ちがあっても、つまりその政治的メッセージの大雑把さに部分的に鼻白むことがあっても、「この政治集団だけにはフリーハンドを与えてはならない」という政治的目標が優先される。

 長々書いたことをまとめる。

 単純ナイーブ(素朴)な政治的掛け声を「政治判断において」支持するが、それは「大異も中異も小異も捨てて大同団結」するという意味であって、本当は個別の問題をきちんと議論したいのだ。集団的自衛権と集団安全保障を区別しないと、国際法や憲法学の専門家とは話ができないし、最高裁が言う「統治行為論」の持つ「政治的機能」についても考慮に入れなければならない。

 だが、この夏、市井を生きる賢明なる市民すべてと、それを全部やっている暇がない。やれる者たちとはやりたい。しかし、議会の延長期間が終わりに迫れば、もはや「政治的決断」を優先するしかない。それがどれだけ微力であろうとだ。

 だからSNSでは、今の総理大臣を退陣させるためならどんなことでも(紳士的に)やる。ラジオにも出て、(品のある一部の局なら)TVにも出て警鐘を鳴らす。

 でもそれは小生の「政治判断」である。思想的判断ではない。

 これが小生の基本のスタンスである。

 安保法制に賛成する者たち、反対する者たち、両方に向けて伝えたい。

2015年6月24日水曜日

沖縄戦70年に思う

 6月23日は、沖縄での第三十二軍の組織的闘いが終わった日である。 すでに70年を経た。
 牛島満と長勇が勝手に腹を切った日だ。 小禄の海軍基地の地下壕で大田実中将が最後に残した打電文に、我々ヤマトンチュはどうこたえて来たのか?

 「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世格別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

 自分は、大田中将が自決した海軍地下壕を五回訪れた。そして、その地下壕で大田が何を想ったかを何度も考えた。 首里城の32軍守備隊が敗北した時、「住民は首里城に参集し、皇軍は南下して最後まで闘うべし」と命令すれば、住民の10万人が死なずに済んだと言われている。

 今日の安保法制議論に不可避的に影を投げかけるのは、この時の「軍隊は軍隊を守るのであって市民を守らない」という歴史的教訓である。これは一般論ではない。「あの」皇軍は住民よりも皇軍が生きながらえることを当然の論理として選択したという「歴史的経験」論である。文藝春秋による「安全保障の常識」には書いていない項目だ。

 これがどれだけ戦後70年の安全保障論議の枠付けをしてしまったかを考えねばならない。どうして我々は集団的自衛権を前にしてどうしても一度立ち止まるのか? それは軍人よりも市民が沢山死んだという事実の重さがあるからだ。軍がどうしてさほど整然と国民を守るものだと前提にできるのか?

 もう一度言う。

 集団的自衛権を行使することの是非は、そういう歴史的コンテクストを無視して議論できないのだ。一般論で戦争や国防は語れない。集団だから単独より楽だとか、そう言う話ではない。 沖縄は、そういう過酷な経験と、そこに連なる戦後の苦難を経て、「アメリカに主権を奪われている状態(日米地位協定)を前提にものを考えることは止めた」という宣言とともに、オール沖縄というフロントラインを自生的に生み出したのだ。ヤマトンチュができないことを、苦悩から生み出したのだ。

 これは「沖縄の負担は、日本がアメリカを守る義務を免除された代わりに払う代償である」というロジックでは、永遠に理解できないフロントラインである。いったい誰が愛国者なのか?

  我々は、「カクタタカエリ」とされた沖縄県民の後世に格別の御高配をかけてきたのか?御高配ではなく、なおも積み重なる借財を放置してきたのではないのか? 今年もまた6月23日である。申し訳ない。本当に申し訳ない。 我々は、まだ借財を返済していない。

  行政府の長は、今日、摩文仁の丘のそばでいったい何にコウベを垂れたのだろうか? まさか牛島満という英霊ではあるまい。

  冗談は、6月23日に言ってはならない。